金刀比羅宮①

スピリチュアル

香川県仲多度郡琴平町に鎮座されています。

家族旅行でこんぴらさんへ

金刀比羅宮(ことひらぐう)に行くきっかけは、2023年の年末に里帰りする家族とどこか旅行したいなあと思っていたところ、弟が

「車で行くなら南がいいんじゃない?雪降ったら山陰は大変でしょ」

と言い出したのが始まりでした。加えて、

「こんぴらさんは前に一度行ったけど良かったよー」

と言うので、これは呼ばれちゃったかなと思い、ひょこひょこ岡山から出かけることに。

参道にある資生堂パーラー「神椿」にもオープン(2007年)した時から目を付けていたのですが、重い腰がなかなか上がらず、伸ばし伸ばしの16年越しで悲願達成。

一人じゃ絶対行かなかったよ、ありがとう弟。

ただ、弟からは

「前の日仕事だから、運転してくれるなら行く」

という条件が付けられました。き、きびしいいぃぃ。

住まいのある岡山県からは瀬戸大橋を渡る必要があるのですが、高速の運転は慣れていないため若干不安もありました。

車で高速走るのは人生2回目ということは内緒です。

何とかなるじゃろ。神様のとこ行くんじゃし。

と気持ちを落ち着かせますが、前日はドキドキして数時間しか寝られませんでした。

旅の始まりからこんなでしたが、先に結論から申し上げますと、行って良かった。

行くべしです。

駐車場は?

神社直営の駐車場はないそうで、近隣の民間駐車場を探します。

が、これが非常にたくさんあります。

初詣や例大祭などの混む時期を除けば、事前に駐車場を調べなくても参道付近まで辿り着ければ現地で探しても大丈夫かも。年末(29日)の午前中は結構どこも空いていました。

下調べの駐車場探しで役に立ったのは「おでかけ7」さんというサイト。

数サイト比較してみた中で最も情報がまとまっていました。神。

参道入り口付近

近隣駐車場から参道入り口まではどこからも比較的平坦な道。

入り口からはゴールが全く見えないので後に控える785段大丈夫か?という不安もよぎりますが、飲食店やお土産物屋さんがたくさんあり、なんとも楽しい雰囲気でお出迎えされます。

香川県のイメージなのですが、どこへ行っても『ほっこり』しています。

あったかくって、みんな優しい。

『しあわせさん、こんぴらさん』の観光キャッチフレーズにまで癒される。

ぴったりやんか。

瀬戸大橋を渡りきり高速を降りるまでは手に汗握るドライビングでしたから、「神様ありがとう、やっと来れました」と安心しきっていたのを思い出します。

鳥居

燈明堂を左手に一之坂を登り、大門を越えたところで初めて鳥居がお目見え。

ちなみに大門から先が神域です。鳥居からではなかった。

右手にはズラーっと石の玉垣が並びます。

この神社に関わる人の多さに圧倒されながらも参道を進みます。

ちなみに、150mほど続くこの道は桜馬場。

桜満開の春にも訪れてみたいですね。

御神馬(ごしんめ)

本物のお馬さんが奉納されていました。

そういえば熊山神社にも木製の神馬がありました。

ルーチェさん。因みに母の父はディアブロ

引退後もお勤めご苦労様です。

ちらちらこちらを窺う様子がとてもかわいい子でした。

こちらは月琴号さん。

月毛もかわいいですね。

近づくと・・・ちょっと嫌そうでした。

怒ったようなのですぐ退散。

挨拶の順番を間違えたのが気に入らなかったのでしょうか。

今後は気を付けます。

それはそうと、こんぴらさんに来る3日前に見たビジョンの一つが一頭の白馬だったので、御神馬さんたちとの出会いには本当に驚きました。

神様が道中の安全を保障してくれていたのかもと感じ、ますますありがたいと思うのでした。

御神馬さんのいる広場には、

巨大プロペラや、

象さん

こんぴら狗(いぬ)さん

も奉納されています。

江戸時代頃にはお伊勢参りや金毘羅参りに行くことは庶民の憧れ。

代参も盛んにおこなわれていたのでしょうね。

それにしても犬、賢すぎん?偉いわ。

車で参拝に来ている身で不平不満など言えないですね。

さて、広場にある境内の案内図をチェックすると、ここでやっと本宮まで半分くらい。

まだまだ先は長いのです。

こんぴら狗さんの左手にある鳥居を先に進みます。

ここで初めての狛犬さん登場。

狛犬さん「阿」

狛犬さん「吽」

玉を抑えた「玉取り」様式ですが、玉というか鞠のようにも見えます。

ほぉぉ。いかつい。

たてがみもフサフサで立派です。

「穢れは禊いで来ただろうな?」

「では、入れ」

と、言われたような気になりました・・・ひぃぃぃ

こちらの鳥居をくぐると一気に空気が変わります。

御神氣に満ち満ちた感じ。

今までの楽しい雰囲気はなんだったん?と思うほどに身が引き締まります。

書院

ほどなく進むと、社務所門が右手に現れます。

社務所門は書院の入り口で、社務所が書院に付属していた頃の名残で「社務所門」と呼ばれます。

ややこしいですが、こんぴらさんほどの大きな神社になると略式参拝だけなら社務所の場所はわからなくてもさほど困りません。

掲示板などの案内も多いし、HPは充実してるし、神社関係者の方が大勢いらっしゃるのでまず困ることはなさそうです。

奥には書院があり、拝観料はかかるようですが丸山応挙の襖絵などが拝めるようです。

あー!これ見たことあるやつ。実物見たいかも。

行こうよ行こうよ、と誘ってみましたが・・・

美術館は小さい頃から慣らしてきたはずの甥は特に興味なし。

「寅の絵、見れるよ。寅年なのに見なくていいの?」と必死の営業をするも弟には断られ。

見ること叶わず。

私の家族は寄り道などせず、まっすぐに神様の元へ向かいたいようです。

時間があれば行きたかったと思うような施設がこんぴらさんにはたくさんありました。

宝物館とか。

書院らしく、門の横には手書きのご説明が。

和魂って、なんでしたっけ?

荒魂・和魂
あらみたま にぎみたま
古代日本人は、神霊は、異なった霊能をもつ別個の霊魂から複合的に構成されていると考え、これを2大別して荒魂・和魂とよんだ。荒魂は外面に表れた荒々しくたけだけしい面の作用をいい、これに対して和魂は柔和、仁慈の徳を備えている面をいう。普段は一つの神格のなかで統合されているが、ときには両者が分離し、単独に一神格として行動することもある。たとえば神功(じんぐう)皇后の三韓の役では、住吉(すみよし)三神の荒魂は日本軍の先鋒(せんぽう)となって先行したが、和魂は皇后に従って軍船を守護したと伝えられ、山口県下関市の住吉(すみよし)神社は荒魂を、大阪市の住吉神社は和魂をそれぞれ祀(まつ)っている。また奈良県桜井市の大神(おおみわ)神社の祭神は大己貴神(おおなむちのかみ)の和魂で、荒魂は摂社狭井(さい)神社が祀る。

https://kotobank.jp/word/%E8%8D%92%E9%AD%82%E3%83%BB%E5%92%8C%E9%AD%82-816196#E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E5.85.A8.E6.9B.B8.28.E3.83.8B.E3.83.83.E3.83.9D.E3.83.8B.E3.82.AB.29

なんか、難しいですわ。

和魂は「にぎたま」とも読むみたいです。

ちなみに崇徳天皇(すとくてんのう)は、第75代天皇。

色々あって讃岐国に流されたときに詠んだと言われる歌がこちら。

思ひやれ 都はるかにおきつ波 立ちへだてたる こころぼそさを

都をはるかに離れ、沖の波に隔てられてしまった心細さをどうか思いやってほしい。

彼の苦しみは想像もできないですが、遠い遠い時代を懸命に生きてくださったご先祖様(広い意味での)に労いの気持ちをもってお参りしたいと思います。

続く。

コメント

タイトルとURLをコピーしました